薬剤使用過多による頭痛(MOH)について、「飲むほど痛い」悪循環から抜け出すための道筋(中止の方法や予防治療)を頭痛専門医が解説します。
頭痛がするからお薬を飲む…。これは当たり前の対処法ですよね。ですが、そのお薬を飲む回数が、いつの間にか「月に10日以上」になってはいませんか?
「最近、薬が効きにくくなった」「薬が切れるとすぐにまた痛くなる」「ほぼ毎日頭痛がして、薬を手放せない」
もし、そんな状態に心当たりがあるなら、それは元々の頭痛が悪化したのではなく、かえってそのお薬の「飲み過ぎ」が原因で、新たな頭痛を引き起こしているのかもしれません。それが、「薬剤の使用過多による頭痛(Medication-Overuse Headache: MOH)」です。
これは、頭痛に悩む方が陥りやすい、とてもつらい悪循環です。でも、安心してください。MOHは、正しい知識と治療で抜け出すことができます。この記事では、MOHの仕組みと、その悪循環から抜け出すための道筋について、優しく解説しますね。
- ✅ MOHは「頭痛薬の飲み過ぎ」が原因で、脳が痛みに過敏になり、ほぼ毎日頭痛が続く状態です。
- ✅ 目安は、頭痛薬(鎮痛薬やトリプタンなど)を過去3ヶ月間、月に10日(または15日)以上使っていることです。
- ✅ MOHの治療は、まず「原因となっているお薬を中止する」ことから始まります。
- ✅ 中止に伴う「離脱症状(反跳頭痛)」を乗り切るための対策と、新たな「予防治療」を組み合わせることが重要です。
- ✅ 自己判断での中止は難しいため、専門医と一緒に計画的に治療を進めることが、抜け出すための一番の近道です。
もしかしてMOH? 危険なサインを自己チェック
MOHは、国際頭痛分類(ICHD-3)でも正式に定義されている病気です。まずは、ご自身の状況がMOHのサインに当てはまらないか、チェックしてみましょう。
MOHの自己チェックリスト
- 頭痛がする日が、月に15日以上ある状態が3ヶ月以上続いている。
- 頭痛の「頓服薬(痛み止め)」を飲む回数が、月に10日以上ある。(※下記参照)
- 以前と比べて、頭痛薬が効きにくくなった、または効果が短くなったと感じる。
- 薬が切れると不安になり、早めに次の薬を飲んでしまう。
- 朝起きた時から、すでに頭が痛い(または重い)ことが多い。
「月10日 / 15日ルール」とは?
MOHを診断する上で最も重要なのが、お薬を使っている日数です。お薬の種類によって、基準となる日数が異なります。
- 月に10日以上の使用で危険な薬剤:
- トリプタン系薬剤(スマトリプタン、ゾルミトリプタンなど)
- エルゴタミン製剤
- オピオイド系鎮痛薬(トラマドール、コデインなど)
- 配合鎮痛薬(複数の成分が入った市販薬や処方薬)
- 月に15日以上の使用で危険な薬剤:
- 単純鎮痛薬(アセトアミノフェン、イブプロフェン、ロキソプロフェンなど、単一成分のもの)
例えば、トリプタンを月7日、市販の配合鎮痛薬を月5日飲んでいる場合、合計は「12日」となり、MOHのリスクが非常に高い状態(またはすでにMOHである可能性)と判断されます。
なぜ?「飲むほど痛い」悪循環の仕組み
では、なぜ「良くなるために飲んでいる薬」が、逆に頭痛の原因になってしまうのでしょうか。
詳しいメカニズムはまだ研究中ですが、現在はこのように考えられています。
- 元々、片頭痛や緊張型頭痛がある。(頭痛が起きやすい土台がある)
- 頭痛が起きるたびに、鎮痛薬やトリプタンを飲む。
- 飲む回数が「月10日/15日ルール」を超えて常態化する。
- お薬が常に体にある状態に脳が慣れてしまい、脳の「痛みを感じる回路」が過敏になってしまう。
- その結果、お薬の効果が切れると、脳が過敏に反応して「反跳(はんちょう)頭痛」と呼ばれる離脱症状のような痛みを起こす。
- その痛みを抑えるために、またお薬を飲んでしまう。
これが「飲むほどに痛くなる」MOHの悪循環です。脳が痛みにとても敏感になっているため、以前なら何でもなかったような小さな刺激(光、音、におい、ストレスなど)でも頭痛が誘発されやすくなり、結果として「ほぼ毎日頭痛が続く」状態になってしまうのです。
MOHの患者さんは、「薬が効かないから、もっと強い薬が欲しい」と受診されることが多いです。しかし、この状態でお薬を増やしても、悪循環を強めるだけになってしまいます。大切なのは、「今のお薬を増やす」ことではなく、「脳の過敏性をリセットする」こと。つまり、MOHの治療を優先することなんですよ。
MOHから抜け出すための3つのステップ
MOHの治療は、簡単ではありませんが、不可能ではありません。専門医と相談しながら、以下の3つのステップを計画的に進めていきます。
ステップ1. 原因となっている薬剤の中止(デトックス)
最も重要で、最もつらいステップです。MOHの原因となっているお薬の使用を、きっぱりと中止するか、医師の管理下で徐々に減らしていきます(漸減)。
自己判断で急にやめると、激しい離脱症状に苦しむことがあるため、必ず医師と相談しながら計画を立てましょう。(詳しくは次の章で解説します)
ステップ2. 離脱症状(反跳頭痛)への対策
お薬を中止すると、多くの場合、一時的に頭痛が悪化します。これを「離脱症状」や「反跳頭痛」と呼びます。この山場は数日~2週間程度続くことが多いです。
このつらい時期を乗り切るために、あらかじめ「支え」となる対策を準備しておきます。
- 吐き気止め(制吐薬)の処方
- (可能な場合)クリニックでの点滴治療
- 一時的に使用できる「橋渡し(ブリッジ)」の別系統のお薬の使用(医師の厳密な管理下で行います)
- 十分な休息と睡眠スケジュールの確保(可能なら仕事を数日休むなど)
この時期に、「別の市販薬なら大丈夫だろう」と自己判断で他のお薬を飲むと、それが新たなMOHの原因となり、治療が振り出しに戻ってしまうため、絶対に避けましょう。
ステップ3. 新たな予防治療の開始
原因薬剤の中止と同時に(または中止前から)、元々の頭痛(片頭痛など)の「発作自体を減らす」ための予防治療を開始します。
予防薬(飲み薬や、CGRP関連抗体薬と呼ばれる月1回の注射薬など)を適切に使うことで、頭痛の回数そのものが減っていきます。これにより、離脱症状のつらさが和らぎ、将来的に「痛み止めを飲みたい」と思う場面自体を減らすことができます。
【重要】原因薬剤ごとの中止・減らし方(早見表)
原因薬剤の中止・減らし方は、お薬の種類によって異なります。特に注意が必要なのは、市販の配合鎮痛薬や処方薬に含まれるカフェインや催眠鎮静成分で、これらは依存性が高いため、安全に減らす計画が必要です。
| 過使用薬のタイプ | 基本方針 | 特に注意すべき点 |
|---|---|---|
| 単純鎮痛薬 (アセトアミノフェン、NSAIDs など) |
原則として即時中止 | 離脱症状(反跳頭痛)への対策(ステップ2)をしっかり準備しておくことが重要です。 |
| トリプタン系薬剤 | 原則として即時中止 | 中止と同時に、予防治療(ステップ3)をしっかり開始し、頭痛の土台から治療します。 |
| 配合鎮痛薬 (カフェインや鎮静成分を含む市販薬・処方薬) |
医師の管理下で徐々に減らす(漸減) | 自己判断での急な中止は危険です。離脱症状が強く出ることがあり、安全な減量スケジュールが必要です。 |
| オピオイド系薬剤 | 医師の厳格な管理下で徐々に減らす(漸減) | 専門的な管理が必須です。入院での治療が必要となる場合もあります。 |
治療がうまくいかなくても焦らないで(再発予防)
MOHの治療は、一度で完璧にうまくいくとは限りません。治療中に、つらくてお薬を飲んでしまう「スリップ」を経験することもあります。
でも、一度や二度の失敗で落ち込まないでください。大切なのは、「なぜスリップしたか」を振り返り、計画を見直すことです。「離脱症状の支えが足りなかった」「睡眠不足やストレスが重なった」など、原因を分析し、対策を強化して再挑戦すれば大丈夫です。
MOHを抜け出した後の「再発予防」
無事にMOHから抜け出せたら、二度とあの悪循環に戻らないために、以下のことを心がけましょう。
MOHの再発予防
- 「月10日/15日ルール」を生涯のルールとして守る。
- 頭痛が起きた時は、我慢せず早めに頓服薬を飲むが、日数は厳守する。
- 頭痛の回数がルールを超えそうになったら、すぐに主治医に相談し、予防治療を見直す。
- 睡眠、食事、適度な運動など、生活リズムを整える。
- 頭痛日誌(ダイアリー)をつけ、お薬の使用日数を「見える化」する。
MOHを疑ったら専門医にご相談ください
MOHは、意志の弱さではなく、「病気」です。一人で我慢したり、自己流で薬をやめようとしたりすると、激しい離脱症状に苦しみ、かえってこじらせてしまうことも少なくありません。
受診をおすすめする目安
- 頭痛薬を飲む日数が、月に8日~10日以上に増えてきている。
- 「MOHかもしれない」と不安だが、一人でお薬をやめる勇気がない。
- 過去に自分でお薬を減らそうとして、失敗した経験がある。
- 予防薬や注射薬(CGRP関連薬)を使った本格的な頭痛治療を検討したい。
MOHの治療は、つらい山場を越える「デトックス」です。私たちは、その山場をできるだけ安全に、楽に越えられるよう、計画を立て、お薬でサポートする「伴走者」です。オンライン診療でも、MOHの治療計画(減薬スケジュールの設定、離脱症状対策薬の処方、予防薬の導入)は可能です。どうか一人で抱え込まず、私たち専門医と一緒に、そのつらい悪循環から抜け出す一歩を踏み出しましょう。
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